2008年6月12日木曜日

強さ

                               (2007年2月香川県直島)
今日は思っていた以上に、いろいろ予定が入たので、
好きな言葉をのせて寝ることにします。ねむい・・・

「経験すればするほど、人は強くなんてなれない。
人はどんどん、繊細になっていくんだ。」
(映画『マグナムフォト』より)


紛争の写真を撮ることをやめた、北欧のジャーナリストの言葉。


旅館でバイトすることになりそう。

久しぶりに
少し、いや、けっこうわくわくしてる。

2008年6月11日水曜日

私の好きな人


坂口安吾が好きです。
彼の言うことは、とても優しい気がします。

特に「私は海を抱きしめていたい」はとても好きです。
彼女のことを愛しているけれど、
それは彼女の肉体を愛しているのか、
じろりとした目を愛しているのか
いやらしさを愛しているのか、
そのものを愛しているのか。

本当は彼女の肉体を超えて、
海の波が人を飲み込むように彼女を包み込みたい。
そういっているようで、
傲慢でなく、
強がってもなく、
こうあらねばならないという誰かからの押し付けからも自由な主張が、
優しい気がします。

私が思う優しさとは、 人が社会の中で生きていくうえで、
「私」と「他の人」という枠組みを超えて、
世界を受け入れようとする思いにちかいと考えています。


「私はなべて所有を欲しなかった。
魂の限定されることを欲しなかったからだ。」
(「風邪と光と二十の私と」)

2008年6月10日火曜日

数の話


秋葉原での通り魔殺人事件。

その時私は御茶ノ水にいたし、
あまりにも自分に身近な場所での事件だった分、
ニュースを聞いたとき、寒気が走りました。
友達が巻き込まれていたかも、とか
私がその場にいた確率はゼロではなかったと思うと、
とてもリアルに感じました。

今日の英語の授業でアメリカ人の先生が言いました。

「でも、NYではそんなこと毎日なんだよね。
残酷な事件だったけど、それでもアメリカに比べれば日本は治安がいいよ」

そしてこういう事件は、ありえることなんだ、という話を数の問題から話し始めました。

もしも1パーセントの人が狂人でおかしい奴だったら、
1億2500万人いる日本だと125万人くらいの人がおかしい人で、
アメリカだと3億人いるから300万人くらいがおかしい人。
もっと小さな確率で、
1万分の1の人が狂気的に人を殺すような人であったとしても、
日本だと1万人くらいが当てはまる。

そうやって考えれば、これは例外中の例外の人の犯行であって、
考えても仕方のない話、ということになります。


でも、本当にそうかな。

いろいろ検証しないといけないことはあるとは思うけど、
なにを考えるべきなのかは眠たいから省きます。


でもでも、
この話の主体である、先生やもしくは一般の人が、
どうして狂気的になりえないことが前提なんだろう。

どうして自身が狂ってないっていえるんだろう。

ルワンダの虐殺だって、
ホロコーストだって、
ケニアの暴動だって、
戦争のときの日本人だって、
浅間山荘でのリンチだって、
ホームレスへの襲撃だって、


「戦争だから」と簡単に人を殺して、
もしくはそんな理由さえもなく暴力をふるうって、
狂気的じゃないかな。


それでも、当事者たちにとっては、
それは正解で正義で正常であったはず。
正義をかん高く語ることは、恐ろしいことでもあるとおもいます。


この事件の容疑者を擁護するとかそういうことではなくて、
先生のその数の理論には納得がいきません。

それを英語でいってみたけど、わたしの speachではうまくいかず、
不完全燃焼。
ということでここでつぶやいてみました。

2008年6月8日日曜日

こうりつ的

[2007年8月]

JR新橋駅改札口を出て、50M程進むと路地がある。
そこには大きなパラソルがひとつ、毎日開いている。

パラソルの下には靴磨きの小さなおばあさんがいる。
沢村さん(87歳)だ。
声をかけるとしゃんと背筋を伸ばして、上品にほほ笑んだ。

沢村さんは夫を亡くした後、60年以上靴を磨いている。
私の年齢の三倍近くと思うと驚きだ。
この小さな手で靴を磨き、一人で息子を育てた。
その息子も、停年退職したという。

靴磨きを見せてもらった。
お客が台上に足を乗せると、小さな手に持ったブラシをカチカチ鳴らせて磨いていく。
つーんと鼻につくニスを、ストッキングでさっさとのばした。
靴は太陽の光を鈍く反射させた。

「職人技だ。」
思わず言葉を漏らした私に、沢村さんはもう一度、にこりとほほ笑んだ。
いつの間にか沢村さんのパラソルの前には、5~6人の列ができていた。

「お母さん、いつもありがとう」

ピシッとスーツを着こなした50代程のサラリーマンが、ビニル袋に入れたお茶とバナナを手渡した。

「あんたも仕事、頑張ってね」

満足そうに帰っていく彼の後姿を見ながら、私はお客と靴磨きを超えた、優しさを感じていた。


帰り道、電気で動く自動靴磨き機を見つけた。
値段は一回100円。
沢村さんの靴磨きの五分の一の値段だ。
沢村さんが磨いてくれるよりも速く、美しく、効率的だろうが、その機械の前に立つ人はいない。

効率化が叫ばれていても、人はそこから見落とされるものを恋しく思う。
少しくらい抜けていたり、遅くたっていいじゃないか。
「ありがとう」と言い合えることが何よりもうれしい。

2008年6月7日土曜日

ちち

                                   (2006年夏)

昨日、っていうかさっきまでの6月6日は父親の誕生日でした。
「あ・・・、なにもしてない、やばい・・・」

と思って父の好きなアロハシャツ型のメッセージカードを送ってみました。
電話もしてみました。


ナントナク、
中学生時代以降父親と話すのは苦手です。
というか彼自体が苦手なのです。



勝手で、何でも自分の論理で押し込めて、頭もよく知識もあるから
いつも言いこめられる。


苦手なのです。
いつも避けよう避けようとしてきました。

高校生のときに、突然東京の大学へ行きたいと言い出した私に、
「お前はすぐ人に流されるから、東京の大学に行ったら
きっと東京で就職してしまうんだろうな。」
と、いやみをいわれて、


(なるほど、そうしよう。・・・絶対、家になんて帰るもんか。)
と心に決めました。


でも、実はわかってるんです。
父が苦手なのも、
父から離れたくて東京へきたのも、
父をかなり意識しているから。
うーん、あんまり言葉にしたくないけど、尊敬しているから。
絶対負けたくないと思いつつ、彼の存在を越せないことを認めたくないから。



最近、かなり私のことを話すことができた新しい友達に、
「君の壁は父親だね」 といわれたけれど、

うん。
知ってた。
って感じだし、なんだか当てられてうれしかった。
って言うか思わず泣いちゃったよ。

むーー

とりあえず、
お父さん、お誕生おめでとう。
実家に帰るたびに歳をとっている姿が目に見えるので、
父も歳をとるのかぁ・・・と実はビックリしています。
長生きしてください。

2008年6月5日木曜日

おにぎりの自由

                               (2006年9月キスム)

ケニアで昨年から今年のはじめにかけて起こった暴動。

あれは一体なんだったのか、
どういったものだったのか、
現地で撮られた映像を見ながら考えるイベントへ行ってきました。


マスコミに流れた映像ではなかったから、ショッキングなものばかりでした。
鉄砲で撃たれた人の頭から脳がどろどろ出てきていたり、
安置所に死体が山のように詰まれていたり、
警察官が民間人に銃を向けていたり、
銃で撃たれたおばさんが血を流しながら病院へ歩いて向かっていたり。


私はだしてもらったおにぎりを少し食みながら、そんな映像を見ていました。
私がアフリカに興味をもったのは、
94年のルワンダ虐殺を描いた映画「ホテルルワンダ」を見て、
自分がアフリカについて、世界について何も知らないんだなぁ、とショックを受けたからでした。
それでアフリカへ行ってみたわけだけど、
やっぱり、私とは関係なーいみたいな、まるでテレビのドラマでも見るような雰囲気で、
結局はおにぎりを食べている。


もしも、私が日本に生まれて、大学生になって、ホテルルワンダをみて、ケニアへいけたことが
ただの偶然で、
ケニアに住み、ただの日常を過ごしていただけなのに、暴動に巻き込まれてしまった子供たちや、
レイプされてしまった女の子たちがただの偶然でそうなったとしたら、

私が持っている自由ってなんなんだろう。


おにぎりの自由。
というよりもおにぎりを食べてるだけの私の自由への疑問。

2008年6月2日月曜日

ウェンディーへの手紙

「僕は今ネバーランドに来ています。
このネバーランドの住民は、ピーターパンのようなコドモの心を持って生きています。
みんな単純なアクション映画に大興奮し、オトナが『くだらない』と思うようなコメディー番組に腹を抱えて笑い転げています。
そして、怒ったら熱くなってけんかして、悲しかったら大声で泣いて、仲直りしたら抱き合って、うれしいときは本当に顔をくしゃくしゃにして笑って、なんかすごく自分に素直に生きているんです。
そんなストレートで熱い感情表現に出逢って、はじめはかなりショックでした。
だって自分は今まで感情を抑えて人に見せないようにしてきたし、それがオトナでかっこいいことだとずっと思ってきたんだから。

でも、ここではみんな素のまま表現しているんです(それが自然だから「表現する」なんて意識もないだろうけどね)。
ここは大地だけでなく、人間まで自然に溢れているんです。

昨日は『キリストの奇跡』というイベントを見に行ってきました。
カンパラの国立競技場に設置されたステージの上で白人の宣教師が奇跡を次々と起こしていくんだけど、本当にビックリしました。
だって、車椅子の人を立って歩けるようにしたり、聞こえなかった耳を聞こえるように治したり、そんなことを大マジメな顔でやっていくんだから。
しかもそんな『奇跡』がおこる度に、競技場を埋め尽くす観客は、感性を上げ、泣き、踊り、もう大騒ぎ。
日本じゃ奨学生にも『やらせでしょ』で一蹴されてしまいそうなショーなのに、彼らは見たものを見ままに信じているんです。
彼らは日本の奨学生より純粋なコドモ心を持っているんです。

でも、そんなネバーランドにも外からオトナたちが入ってきます。
そして『ちゃんと時間は守りましょう』『お金は計画的に使わないといけません』『子どもは学校に行って勉強しましょう』と、オトナになるための教育をしようとします。
そんな国連やNGOのオトナたちは、『彼らのためを思ってやているのに、何でわかってくれないのか』と口をそろえて嘆くし、逆にネバーランドの住民たちは『オトナたちには僕らの気持ちなんかわからないんだよ』とよく呟いています。
僕らが小さい頃にやった親や先生とのやり取りと、まったく同じモノがここにはあるんです。
まあそんなオトナたちの努力のお陰で、そのうちこのネバーランドの住民たちも立派なオトナに育っていって、このネバーランドももうすぐ世界から消えちゃうんだろうけど・・・・。

今はまだピーターパンが笑いながら踊りまわっています。
僕は今そんなネバーランドに来ているんです。」
                         (『流学日記』岩本悠より)

28日にTICAD(アフリカ開発会議)が閉会しました。
上の文章は最近友達から貸してもらった本のエッセイの一つ。
著者がアフリカで書いた文章です。
なんだか気にいっているから、アフリカがらみで載せました。

                                  (2006年9月ケニア)