(2012年9月東京スカイツリー)
「若い人が選挙に行かない理由ははっきりしていて、知り合いが出てないから。投票を頼まれないからです。」
(2012/12/05)
北陸中日新聞で、ドットジェイピーの佐藤大吾さんが指摘していた。
そうなのかも。
なんで行かないんだろうって考えるより、高齢な世代はなんで行くんだろうって考えた方が、若者が投票しない理由がわかるかも。
頼まれた票を入れるのがいいとはいえないけど、
いい意味でもっと政治家が身近な存在になれば、政治にリアリティをもてるのかもしれない。
2012年12月6日木曜日
2012年12月5日水曜日
アウトプット
(2012年9月 東京スカイツリー)
「アウトプットして、振り返ることが大切なんだよ」
妊娠前によくいっていた喫茶店のマスターが、久しぶりに店に顔を出した私にこういった。
人は日々、情報のインプットを山のようにしている。
でも、見聞きした情報を何らかの形で外にださないと、情報は流れたまま。
せっかく知り得た情報から何かを考えて学ぶ機会を失ってしまう。
「アウトプット」することで、情報を整理して自分の考えをもたないといけないんじゃないか・・・ーー。
と言う風に、彼はアウトプットの大切さを諭してくれた。
でも、どこにアウトプットすればいいんだろう。
FBとかMIXIは多数の人に読まれるから、自分の率直な考えを述べにくい。
日記っていうのも、習慣付いていないせいか難しそう。
て、しているうちに、 なんだかあっという間に時間がたってしまい、 育休からの仕事復帰まであと4カ月もない。
毎日ぼんやりすごして、あー、このままでいいのか、私。
と思ってこのブログに帰ってきた。
夫が読むかもしれないけど、まぁ、いっか。
だとしたら恥ずかしいな。ま、いっか。
誰に読まれるかもしれないっていうのは気にせずに、気が向いたら更新しよう。
「アウトプットして、振り返ることが大切なんだよ」
妊娠前によくいっていた喫茶店のマスターが、久しぶりに店に顔を出した私にこういった。
人は日々、情報のインプットを山のようにしている。
でも、見聞きした情報を何らかの形で外にださないと、情報は流れたまま。
せっかく知り得た情報から何かを考えて学ぶ機会を失ってしまう。
「アウトプット」することで、情報を整理して自分の考えをもたないといけないんじゃないか・・・ーー。
と言う風に、彼はアウトプットの大切さを諭してくれた。
でも、どこにアウトプットすればいいんだろう。
FBとかMIXIは多数の人に読まれるから、自分の率直な考えを述べにくい。
日記っていうのも、習慣付いていないせいか難しそう。
て、しているうちに、 なんだかあっという間に時間がたってしまい、 育休からの仕事復帰まであと4カ月もない。
毎日ぼんやりすごして、あー、このままでいいのか、私。
と思ってこのブログに帰ってきた。
夫が読むかもしれないけど、まぁ、いっか。
だとしたら恥ずかしいな。ま、いっか。
誰に読まれるかもしれないっていうのは気にせずに、気が向いたら更新しよう。
伝達
最近、 親しい友人が化学物質過敏症を発症した。新聞や本などの印刷物、テレビやインターネットなどの機械類に接すると、触っていた指先が痛んだり、エネルギーが必要だったりするという。
思考力も衰えてきて、
それまで好きだった読書もしなくなっていた。
「投票日は何日?どうすりゃええの?」
選挙の話題を彼に投げかけて、返ってきたメールにびっくりした。
(メールの仕方も前とは違うみたい。でも、どうやってやっているかまでは聞いていなくてわからないけど)
メディアに接触できないせいでか、彼は先月の衆院の解散をしらなかった。
発症したばかりで、世間のニュースどころではなかったのもあるかもしれない。
それでも、彼はこれまで毎回、選挙へいっているし、新聞も毎日読んでいた人だ。政治に関心がないわけでもない。
テレビや新聞、ネットでは、選挙関連のニュースが毎日、大量に流れている。
けれど、それでもメディアに触れることができない人には、必要な情報さえも入ってこない。
病気や貧困でメディアに接することができず、投票の機会を失う人がいる。
そのせいで、そう言った人たちの声が政治に反映されなくなる。
選挙のように、多くの有権者を対象にするのではなく、特定の病を患っている人やある年齢層など、特定の人を対象にする場合は特に周知は難しいと思う。
その人が必要だろう情報をどんな風に伝えるのか。
情報の伝達にもれがあるのかもしれないって対策をうっておくことは必要なんだ。って、改めて思ったし、どうしたらいいんだろうって悩ましくなった。
(写真 2012/11 二上山)
2012年3月11日日曜日
臨月
2011年8月21日日曜日
妊娠
(2011/08/20自宅で)
7月に妊娠した。 以来、ものの見方がかわったと思う。 うれしいことには前より笑うようになった。 どんなに小さなことにでも、不安や寂しさを感じるようになった。 好きな音楽を聞いたり、絵をみたりすると、それだけで涙がこぼれることが多くなった。 他人の赤ちゃんを見ると恥ずかしい気持ちになるし、超音波の機械で赤ちゃんの陰が見えると、本当にうれしくて仕方がない。
やっぱりまた泣いてしまう。 すごいね、大きくなって、って話しかけてしまう。
そのときどきの状況によって、人はいろんなことを感じたり、見えたりするようになると思う。
正解はないし、そのときどきで自分の感じたことに正直でいるべきだとも思う。 ある友人のブログを読んで、 妊娠がきっかけで仕事に追い詰められて、辛いと思っている自分を見直させられた。 それは少し、自分に対してうそをついていることだと思う。 って書いてたら、やっぱり今も涙が出る。
めそめそ
2011年7月7日木曜日
誕生日
26歳になった日の朝8時半ごろ。
ケータイに知らない番号から電話がかかってきて、取った。
「まきちゃん?」
父の叔父(大叔父)の妻(大叔母)だった。
大叔父は5日前に73歳でガンで死んだばかりだった。
「お誕生日でしょう?おめでとう」
高くて明るい声がケータイの中で響いた。
私の番号は大叔父の携帯に登録されていたのだろう。
大叔母から電話がかかってくるなんて初めてだったし、
親戚といっても、会う機会の少ない間柄。
加えて、5日前に夫を亡くした大叔母の気持ちを思うと、
私はどんな風に話していいのかわからなくなった。
「お通夜ではね、まきちゃんの弔電を代表で読んでもらったのよ。ありがとう」
それは、通夜に行けないときのために念のため出しておいたものだった。
『(略)お悔やみ申し上げます。遊びに行くと、おじさんがいつも優しく迎えてくれて、うれしかったです』
確か、そんな風に書いて送っていたな、と思い出した。
通夜は仕事でどうしてもいけなくて、それでも仕事を早引きしたけど間にあわなかったんですって、
そんな言い訳をしようかな、と思ったけど、何の意味もないと思ってやめた。
「また、遊びにきてね」
そういって、ぎこちなくて短い会話を終えると、私たちは電話を切った。
そしたら涙がぽろぽろ出てきた。
私と大叔父は同じ誕生日。
亡くなった夫の誕生日に私に「おめでとう」といってくれた大叔母の気持ちはどんなものだったのだろう。
私に大叔父を重ね合わせて、ふと、「おめでとう」と言いたくなったのだろうか、
私に何か言葉をかけたくなったのだろうか、
複雑だったろう大叔母の気持ちと
明るく響いた大叔母の声とを思うと、
やっぱり涙がこぼれた
ただ、私は、大叔母が電話してきてくれたことが、うれしかった。
2011年6月23日木曜日
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