バイトからの帰り道、JR新橋駅の日比谷口を出て小路に入りました。
大きなパラソルの下にはブラシ、手ぬぐい、ストッキング、
そして靴磨きの小さなおばあさんがちょこんと座っていました。
沢村ちづさん(86歳)。
この場所で靴を磨いてもうすぐ58年。
私が声をかけると、当然のようにそう答えてくれました。
58年、です。
私の年齢の三倍近く、
父が51歳だから父の人生よりも長く
ここで過ごしてきたのです。
朝7時5分にやってきて、夜7時を過ぎるまで。
働く時間は1日12時間。
ピシッとスーツを着こなしたビジネスパーソンが木製の靴台に足を乗せました。
沢村さんはさっと両手にブラシを持ってささっと靴をなでます。
ブラシとブラシがカチカチぶつかります。
力の加減を変えながら、仕上げにきゅきゅ。
靴はきれいに磨かれて、太陽の光を鈍く反射していました。
「お父さんが死んで、それからからね。
息子たちに食わしてやんなきゃならんしね。
その子も昨年定年退職したわよ」
小さな手を口に当て、上品に、そして屈託なく笑しました。
目が優しくて私も思わず微笑んでしまうのです。
新橋はビジネス街。
長い間、多くの人々の靴を磨いてきたことでしょう。
沢村さんに磨かれた靴を履いて仕事場へ向かい、彼らはまた、
誰かと仕事をしながらつながっていく。
パラソルの外は気温30度、汗が滴ります。
それでも皆、汗を流して働き、家族を養う。
そして、お金を得ながら社会を作っていく。
靴を磨いて息子を育てるのはおそらくとても大変だったと思います。
そんなの想像もつかないけど、想像もつかないほどものすごいことの気がします。
でも、沢村さんは今日も誰かの靴を磨きながら優しく微笑んでいるはず。
家から持ってきたというバナナを手渡され一緒にほおばりました。
「あら、おいしいわね」
靴磨きの合間に食べる沢村さん、私よりも何倍もおいしく食べていたのだと思います。
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