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2010年5月11日火曜日

このまえの記事について

(2010/05/09 高岡市城光寺 木のでこぼこの部分)

このまえ「こんな記事が書きたい」とおもったHIV感染者の看護師が退職させられた記事について
「退職は当たり前ではないか」の言葉をきいて、
たしかにそうかもしれない、ともおもった。
患者にしてみれば、
自分の体にふれる看護師がHIVに感染していることで不安を感じるのは当然かもしれない。

でも、HIVについて少しでもかかわった、というか考えたことがあると思う私としては、
その考えにすこし踏みとどまってしまう。

性感染症に感染する方がみだらだ、悪い

という意見に対しては、やっぱりものすごく納得いかない。
HIVはだれにでも感染しうると今も思うし、
予防についての啓発が足りないとも思う。
そんな社会において、
簡単に「悪い」といってのけるのには納得いかない。

ただ、記事に対しては慎重になるべきだったのかもしれない、とも思う。
今度WADSのみんなにきいてみよう・・・

2010年5月1日土曜日

エイズ記事

(2010/01 射水市)


HIV理由に退職勧奨 愛知の病院側は否定

2010年4月30日 09時05分

 愛知県内の大手病院で昨秋、エイズウイルス(HIV)感染が判明した30代の看護師が退職に追い込まれていたことが分かった。看護師は「病院幹部から看護師としては働けないと言われ、退職強要と受け止めた」と話している。病院側は「退職を求める意図はなかった」と、退職勧奨を否定している。

 国の「職場におけるエイズ問題に関するガイドライン」では、HIV感染者を差別しないよう求めているが、医療現場は対象外とされている。医療現場向けのガイドラインは策定の必要性が指摘されてから15年以上たっても整備されておらず、国の不作為が今回のような問題を引き起こす一因となっている。

 看護師と病院側によると、看護師は昨年9月、勤務中に過労で倒れ、院内で治療を受けた。その際、病院側は本人に断らずに採血検査をし、HIV感染の疑いが判明。翌日、看護師は別の医療機関で詳細な検査を受け、感染が確定した。エイズは発症していない。

 看護師は、別の病気を理由に休暇を取った後、同10月中旬に感染確定の診断書を持参。最初は主に副院長と、2回目からは当時の職場だった施設の副施設長と数回、就労について話し合った。

 その際、看護師は治療後の職場復帰に支障がないことを明記した診断書を示したが、副施設長は「うちでは看護職は続けられない。運転や配膳(はいぜん)の仕事はあるが、差し迫って人が必要なわけではない。他の理解ある病院に面倒を見てもらっては」と発言。看護師は同11月末、副施設長に「退職を強要されたと受け止めている」と伝え、辞表を提出した。

 HIVは輸血や性行為を介し感染するが、日常生活では感染しない。適切な治療を受ければウイルスが激減して発症を抑えられ、米国などでは感染後も勤務を続ける医療関係者は珍しくない。

 <エイズ(後天性免疫不全症候群)> HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染して起きる病気。潜伏期間を過ぎて発症すると、体の免疫力が低下し、感染症などにかかりやすくなる。ウイルスの増殖を抑える抗HIV薬が開発され、先進国では「死に至る病」ではなくなりつつある。厚生労働省によると、国内のエイズによる死者は2001年に36人を数えたが、09年は2人にとどまった。世界全体では、発展途上国を中心に年間200万人(08年)の死者が報告されている。

(中日新聞)


エイズウイルス(HIV)に感染した愛知県の看護師が病院退職に追い込まれた背景にあるのは、HIV感染した医療関係者の就労についての基準がないことだ。

 旧労働省(現厚生労働省)の「職場におけるエイズ問題に関するガイドライン」(一九九五年)は、感染を理由にした解雇や就業禁止をしないよう求めているが、医療現場はガイドラインの対象外とした。

 旧労働省の検討委員会が九四年にまとめた報告書では、医療現場を「HIVに感染する危険を有する職場」と位置づけ、別にガイドラインを設けるよう問題提起した。委員は経営者や労働団体の代表、弁護士ら。医師は二人だけで、うち一人は産業医だった。

 結局、医療現場向けのガイドラインは作られなかった。厚労省労働衛生課の担当者は「報告書に基づき、一般の職場と違って感染する可能性が高いと判断した」と話す。

 一方、同様に血液を介し感染するB・C型肝炎について、厚労省の「Q&A」は、医療従事者が感染しても患者に感染する危険はほとんどないと説明。仕事の制限はないと明記する。HIVは感染力が弱く、針刺し事故による患者から医療従事者への感染率は、B・C型肝炎の十分の一以下。医療従事者から患者への針刺し事故はまず考えられない。

 HIVの治療に詳しい愛知県赤十字血液センターの浜口元洋副所長は「看護業務で感染する危険はなく、HIVも肝炎と同様に扱われるべきだ。ガイドラインが医療現場を対象外とするのは間違っている」と指摘する。

2008年11月24日月曜日

夢と現実

                                 (2008年10月御茶ノ水)

今回は気になった本から引用をしてみます。
その「本」とは、マドンナの「SEX」(1992年同朋舎出版)という写真集です。

この写真集は一見とても暴力的なセックスシーンやSAFERでないセックスが載っています。
でも、冒頭にはこんな風にあるんです。

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この本のテーマはセックス。
セックスは愛ではないし、愛もセックスではない。
でも、どちらもひとつに解け合ったときが最高の状態。
私たちは神を愛することも、地球を愛することも、人類を愛することもできる。
相手が何であろうと、愛することができる。
でも、人間が愛を表現する最高の手段は、お互いが愛し合うこと。
そうやって、私たちは宇宙にまで愛を広げていく。

ひとりひとりが伝えていく。

愛とは私たちがつくり、そして、伝えていくもの。

この本は、危険なセックスを認めているわけではない。
ここにおさめられているのは、私の想像の世界。
とりとめのないことをぼんやりと考えたり、ぐったりと頭も体もリラックスしているとき、私はいちいちコンドームのことを考えたりしない。
人間なら誰だってそうだろう。
私の想像の世界は、私のつごうのいいようにできている。
だから、エイズの心配もない。
残念なことに、現実の世界はそうはいかない。
コンドームは必要だし、ひとりひとりに課せられた義務でもある。
あなたがこれから見たり、読んだりすることは、すべて想像の世界であり、夢であり、一種の「ごっこ」だ。
でも、もし、夢の世界を実際にためすことになったら、私は間違いなくコンドームを使う。
安全なセックスをすると言うことは命を守ること。
覚えていてほしい。

それから、この本に登場する人物や出来事が何かに似ていたり、実名や実際に起こった出来事が書かれていても、それはすべて、たまたまそうなってしまったということだ。
この本に、「本当のこと」は一つも書かれていない。
ぜんぶ私のつくりごとだ。
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この文章に魅かれてしまいました。
「コンドームをつけることが義務」と言うのは、私には賛成しかねるし、ふしぶしうーんってなってしまうところもあるのですが、
でも、 マドンナなりに「愛」をセックスから考えていて、 その態度がとても誠実な気がしたんです。

「私の作りごと」である世界と、自分とは違う他人がいるいわゆる「現実の世界」。
どちらにに対峙するかで、自分の態度を変えようとするあたりも素敵だなって思ったし、 じぶんの「夢」「作りごと」を「夢」として追求しようとすることもなんだか潔い気がしました。
なにより嘘っぽくなくて、快くその「夢」を聞いてみたくなりました。

現実の世界って、誰か自分とは違う他人がいるからこそ、他人に配慮すべきだと思います。
自分の夢を守ることも大切だけど、「現実の世界」を豊かにすることも私は大切であってほしいなって思います。
この手のいわゆるヌード写真集はそういった「夢」と「現実」についての区別を断ることが少ない気がするんですが、
マドンナは冒頭で彼女なりの「愛」を語ることによってどちらの大切さも語ろうとしている気がします。

なんだかクールなきがするのは私だけかしら??

2008年7月1日火曜日

人間くささ

                (2008年6月25日青森県奥入瀬)

エイズって、とっても人間くさい病気だと思います。
すごく人間くさい。
だから、 偏見もあるし、差別もあるし、正しい情報はなかなか人々に共有されていないし、
たくさんの問題を抱えています。

でも、人間くさいからこそ、 適切なケアが優しくできれば、
「私」っていうアイデンティティが確かめられたら、
新しい気持ちで病気を迎え入れることができるのかもしれない。

「自分」を発見させてくれるめがね。




昨日、T地区のエイズ協議会に出席しました。
そのなかで、エイズになってしまったことを誰にも明かすことができないまま、
孤独死してしまった人の話を聞きました。
ショックでした。
誰かに打ち明けることができたら、適切な処置ができただろうし、
そんな寂しい思いをして死ぬこともなかったのではないかと思います。

日本においてのHIV陽性者は、ほとんど性感染によるものです。
「性」とは、「心が生まれる」って書くように、すごくデリケートなもので、
人と人とのかかわりを示す記号になります。
それは関わりのみならず、自分がどんな人間かをも時に示すでしょう。
だから、性感染症であって治らないHIV感染とは、人間くさいといえる気がしています。



例えば、東南アジアで売春をして陽性者になってしまった男性にとって、
陽性であることのカミングアウトは、
家族の中での「父」とか「夫」という威厳の損失につながると考えられます。
それは、今まで隠してきた「私」の一部分を他人に打ち明けることとも言えるでしょう。
今まで他人に示してきた自分の生き方を屈がえすことにつながります。


最近読んだ「服従の心理」にかかれていたような「権威」に関わってくる問題といえるでしょう。
人はある規律を持った集団やコミュニティ内に入った場合、
「役割」を持ち、それを演じることに懸命になるそうです。
守らなくても死ぬことはないし、でも守っていないとやってられない。
人は「父親」とか「彼氏」とか「彼女」とかっていう役割から、
なかなか離れることができない性質を持っているようです。
このことは人が社会を作る生物であることを示しているようにも感じます。


さて、
この「父親」は、あるとき奥さんにカミングアウトしたそうです。
奥さんは何も言わずに彼を受け入れてくれたらしいです。
奥さんは、この男性が見せていないと思っていた部分を知っていたのかもしれないし、
また、彼が役割を離れて何であっても愛していたのかもしれない。



人と人との関係を示します。

だからこわいと感じるけど、優しく迎えることもできます。
性感染症であり、 HIVに一度感染したらもう治らないからこそ、
「自分」がどういう人間なのかを強く示すし、
人と人とのつながりも強調して指し示しています。
だから、冒頭のような孤独死がもう起こらないためにも、
ちゃんと向き合えるようなコミュニケーションの可能なケアが必要なんだ、って
昨日の会議で強く思いました。