2008年5月24日土曜日

4分間のピアニスト

結構好き

っていうかかなり好き

こんな一番いいシーンを張っていいのか・・・
とか思うけど、私がもっかいみたいから張ります。
ラストシーンだよ~ この映画見る予定がない人はぜひ・・・

http://jp.youtube.com/watch?v=lU2G7vIA23c



キーワードは
・表現
・自由
・芸術
・暴力
・愛
かな・・・


私自身、自分を表現することが苦手なので、
「表現」にこだわりがあるためか、
なんというか、
この映画でのピアノシーンはすごく好き。
正直。

主人公がすごく暴力的であること、
自由を求めていること、
がうまく表裏一体。

同性愛者や、ナチス時代をひとりに二重に描いていることが、
特にこの映画の脚本のよさを感じさせます。

このあいだ、NHKの爆笑問題のニッポンの教養でゴリラの回の時に
ゴリラが鼻歌を歌う話から
音楽は言葉と違い「人を誘導しない」とありました。

アウトサイダーアートとして知られる
(アウトサイダーアートというそのカテゴリーはどうでもいいものだとは思いますけど)
坂上チユキさんの自己紹介に
「言葉は武器だ」、だから言葉では現せない世界をかくんだとありました。

人は共感を求めて言葉を遣い、後には説得、誘導、洗脳、戦争・・・
をしてしまう、そんなつもりがなくても・・・そういうことがある。

共感がほしいのは安心を求めるからだろうし、でも、だから言葉で簡単にことを片付けてしまって、
だれかと分かり合えないことが結構多い。
そして寂しい。

音楽はそんな言葉と気持ちの間に入ってくるものかもしれない。



なんだか、いっぱい言葉にしたい感じだったけど、
言葉に落とすと、いやー、なんだか思ったことが
反対につぶれてしまいそうで、うそっぽくなりそうで
よくない気がしてきた。
むーーーー

とりあえず、ここまで。笑
眠いし。
あーねれないかも。
泣いちゃうなー・・・

なんて抽象的なんだ・・・

2008年5月22日木曜日

新宿駅京王線連絡通路

新宿駅京王線連絡通路はなにげにいろんな情報で溢れています。
というか、私好みの情報でいっぱいです♡

例えば、(っていうかこれだけ・・?)
最近ずっと美術館展示情報ポスターが壁中にはってあるのです♡
ポスターのデザインがイロイロで楽しいのもあるし、
なによりもどれに行こうかなって考えるのも楽しい♡うふ

・森山大道
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv1-fftbtop&p

・バウハウス
http://www.bauhaus-dessau.jp/viewpoint.html

・アールブリュット
http://www.mew.co.jp/corp/museum/exhibition/08/

は絶対行こう♡わくわく

でも、9:00あたりにこの通路を通るときは
いつも異様な気持ちになります。

あまりにこんでいるものだから、
前の人と後ろの人との間隔はたったの30センチくらいしかない。
左側通行で、京王線へ向かう人と、JR線へ向かう人とが
束となって無表情にぞろぞろ行きかいます。

きつい香水のかおり。
おじさんの汗のにおい。

まるで映画『メトロポリス』の労働者みたいです。

このまえ茨城の駅で刃物を振り回し何人もの通行人が殺された事件があったけど、
もしも、私がこの時間この通路を使っていて、
後ろの人が刃物を振り回したら、私はきっと逃げられないと思います。

だれも、刃物なんて振り回さない
っていうある程度の信頼によって社会は成り立っているんだろうなー
とか思いながら歩いていたりします。



・・・にしても、早く美術展に行きたいなぁ・・・♡

2008年5月19日月曜日

将来について

「就活してる?」
   とか
「就活進んでる?」
   とか


最近よく聞かれるけど、答えることが難しくて、
「就職活動ってなに?」
「何を就職活動と呼ぶの?」
と聞き返してしまいます。


2年生のとき、とあるマス研の先輩に
「就活ってなにか」という話をしてもらいました。
ESをかくことなのか、
OB訪問することなのか、
会社の説明会に行くことなのか、、、

そうではなくて、
「僕は職に就くを大きな枠で考えて
将来を意識することだと思うんだよね。
もしかしたら1年生から就活する人だっているだろうし、
高校生から、小学生のときから自分の夢を追い続けたり、
将来を考えている人だっていると思うんだよね。
狭い範囲で考えるべきではないと思うよ。」

共感したし、私の就活はもうはじまっているじゃないか、と
どきりとしました。

今、就活といって想像されるのは、
どこかの企業へ入るためにするアクションばかりなきがしています。
でも、20代の私はまだまだ道を選べる立場にいる。
この前の日記で「内定した~い」とかかいておいて、矛盾しますが、
就活といって必ずしも一通りの道順しか描けないのはなんだか窮屈な気がしています。
(でもどうしても内定したいのですが、、、)
一つの選択としてなにかの組織への就職を選んだとして、
それで内定したら終わりって言うのもそうです。

OB訪問先の方に
「僕は入ったときからこの会社に3年もいない気がしていた。
10年も働いてるなんて、ちょっとビックリだし、多分予想以上にこの仕事が楽しいんだろうね。
でも、一生この会社にいる気はないよ。」
といわれました。
お給料だいぶいいだろうに、。。。笑
多分、彼にとって就活はずっとずっと続いてるんですね。


そんな夢見心地なこというなよ、って感じかも。
自分でもこれは現実からの逃避かもってちょっと思ったり。


でも、企業への就職はたった一つの道でしかなく、
世の中にはたくさんの選択肢があって、それに盲目的にはなりたくない。

組織に就職するのであれ、進学するのであれ、起業するのであれ、ユメを追うのであれ、
おばあちゃんになっても、ひいおばあちゃんになっても、
もしもお金がなくて困るようなことになっても、

ずっと、将来に望みを持っていられますようにと願っているのです。

2007年12月22日土曜日

ウォーキングマシン

昨日の夜、友達からマラソンを走った話を聞きました。
そこで思い出しました。
私はウォーキングマシンが怖いです。

嫌い

というのは少し違って、

怖い

のです。

歩いても歩いても、
どんなに全力を出して走っても、
決して前にはすすまない。

周囲の景色は変わることなく
ただマシーンのモニターが秒を打つだけ。

当然なんだけど、
何言ってるの!??って感じなんだけど、
脂肪は落ちるかもしれないけど、

何で走ってるんだろう。
絶対前には進まないのに。

って思った瞬間、自分のやっていることに何の意味も感じられなくなる。

彼は、マラソンをしながら、身体的なつらさと精神的な辛さを感じながら、

何で走ってるんだろう

って思ったらしい。
そしてそれは、

走った後にしかわからない

らしい。

そしたらね、
私が探している意味も いま の土俵には存在しなくて、
過去にしか存在しなくて、

そしたら何かのために生きているのってとんちんかんだね。

私は今の私のために生きているのかも。
未来への意味を見出すことにしか生きていなかったら、
人はやっていけないかも。

ね、話してくれてありがとう。

ただ、ウォーキングマシンは、
やっぱり怖い。

2007年10月1日月曜日

沖縄で見た景色







今日の朝刊一面で 沖縄の県民大会の記事を読んで http://www.okinawatimes.co.jp/day/200709301300_01.html


NHKで沖縄の「お笑い米軍基地」ドキュメンタリーを見て http://www.nhk.or.jp/etv21c/backnum/index.html


夏休みに行った沖縄で見た景色を思い出しました。


夏休みの沖縄旅行。


どうせ一人だし ということで バカな私は 那覇から宜野湾市の普天間基地へとチャリで向かったのでした。


多分 2時間30分くらい。


炎天下のなか坂道だらけで降ったり登ったりを繰り返し、


もう帰れないんじゃないだろうか、 なんでバイクを借りなかったんだろうとめちゃめちゃめちゃめちゃ後悔しながら基地までたどり着いたのでした。


フェンス越しに見る基地は、なんともつまらなくて、 あぁ・・・なんか起こんないかなぁとちょっといけないようなことを考えながらひたすら坂道を登ってました。


そんなときに


なんか墜落するの!!???


ってくらいとりあえずめちゃめちゃでっかい音で 飛行機が頭上を過ぎていって


いや


かなりびっくりしてしまった。


米軍飛行機でした。


これは・・・・住めないわぁ・・・と思ったりしながらやっぱりひたすら坂道を登りました。


2004年8月に沖縄国際大学にヘリが落ちた現場へ行ってみると おぉ・・・基地反対のポスターなどなどがあるあるある・・・・。 とりあえず夏休み中の大学に侵入して、 警備のおじちゃん(めっちゃ優しい♡)と事件の話を聞いたりしながら サークル棟へ~。


ふむふむ 大学の自治会が新聞出したり基地問題にかかわってるなぁという情報を入手し自治会ドアをノック!!!


突然の私の登場に部屋にいたお兄さんはびっくりしてたけど、いろいろ資料もらったりちょっとだけお話。


そのあと人気のタコライスやさんへいってとりあえず資料を読みながら休憩。


タコライスじゃなくてタコスを選んでしまって、あぁ・・・間違えちゃったよぉってへたってた気がする。 っていう様なことをしていた日がありました。 (この日は那覇に帰ってから友達ができて、クラブ行ったり夜中にビーチ行ったり飲んだりと朝まで遊んでたっていう、今思うとかなりすごい日だった)


宜湾市は車なら那覇からきっと30分くらい。


自転車だったら別だけど、結構那覇から近いところにあるこの町は、那覇の国際どおりとは雰囲気が全然違います。


NHKの↑で紹介した番組の中でも沖縄の人が感じる「国際通り」の異様さ、違和感を語る場面があったけど、 確かに、国際どおりは那覇のメインストリートで、若者が集まって、でっかい人形がたくさん道においてあって、活気があって夜中までやってて元気がいいステキナところだったけど、 きっと沖縄に住んでいる人にとっては、現実味のない街なのかもしれない。


いや、国際通りを批判してるんじゃなくて、 観光地ってきっとどこもそんなもので、特産物とか観光名所って地元の人の生活とは全然違うのはきっと当然。 (っていうか、私、国際通りめっちゃ好きです♡) 石川出身の私も、観光客だらけの100万石パレードとか、意味わかんない社でとりあえず立派になった金沢駅を見て、他人事みたいに「へぇ~」と思ったりするしね。 華やかにみえるものの裏にあるのはとても暗くて、でも実際にある現実だったりする。


・・・もらった資料を読みながら私が感じたのは、 編集者たち(もしくはそこに文章を載せた人)の米軍への怒りや憤り。 過剰すぎやしないか、と思うくらいに暗くて複雑で 私は実のところ少しひいてしまった。 同時に、ほんの少し前までパスポートがなければ行くことのできなかったこの島の問題は、きっと今の私にはまだまだ理解しきれない。 朝刊を読みながら、 集まった11万人の人々の思いを考えながら、(ちょうどその公園でも休憩した★広かった~) 夏休みに見てきた沖縄を思い出しました。
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2007年8月10日金曜日

おしごと



バイトからの帰り道、JR新橋駅の日比谷口を出て小路に入りました。

大きなパラソルの下にはブラシ、手ぬぐい、ストッキング、
そして靴磨きの小さなおばあさんがちょこんと座っていました。

沢村ちづさん(86歳)。
この場所で靴を磨いてもうすぐ58年。
私が声をかけると、当然のようにそう答えてくれました。



58年、です。
私の年齢の三倍近く、
父が51歳だから父の人生よりも長く
ここで過ごしてきたのです。

朝7時5分にやってきて、夜7時を過ぎるまで。
働く時間は1日12時間。

ピシッとスーツを着こなしたビジネスパーソンが木製の靴台に足を乗せました。
沢村さんはさっと両手にブラシを持ってささっと靴をなでます。
ブラシとブラシがカチカチぶつかります。
力の加減を変えながら、仕上げにきゅきゅ。
靴はきれいに磨かれて、太陽の光を鈍く反射していました。


 「お父さんが死んで、それからからね。
  息子たちに食わしてやんなきゃならんしね。
  その子も昨年定年退職したわよ」


小さな手を口に当て、上品に、そして屈託なく笑しました。
目が優しくて私も思わず微笑んでしまうのです。

新橋はビジネス街。
長い間、多くの人々の靴を磨いてきたことでしょう。
沢村さんに磨かれた靴を履いて仕事場へ向かい、彼らはまた、
誰かと仕事をしながらつながっていく。
パラソルの外は気温30度、汗が滴ります。
それでも皆、汗を流して働き、家族を養う。
そして、お金を得ながら社会を作っていく。

靴を磨いて息子を育てるのはおそらくとても大変だったと思います。
そんなの想像もつかないけど、想像もつかないほどものすごいことの気がします。
でも、沢村さんは今日も誰かの靴を磨きながら優しく微笑んでいるはず。

家から持ってきたというバナナを手渡され一緒にほおばりました。
「あら、おいしいわね」
靴磨きの合間に食べる沢村さん、私よりも何倍もおいしく食べていたのだと思います。

2007年8月3日金曜日

『善き人のためのソナタ』


最近波乗りジョニーにはまってます。 アデオに行って知った!
もっと大きなカテゴリーで言うと、高級な豆腐にはまっています
外食するなら高級な豆腐(1丁150円くらい)を楽しんだほうがいい気がしてきました安!

とってもとっても感激してしまいました。
『善き人のソナタ』を見てきました。
http://www.yokihito.com/



~すとーりー~
東西ドイツ統一5年前(超すごい!この設定!)の東ドイツの物語です。当時の東ドイツには、シュタージと呼ばれる強大な監視システムを担う監視者がいました。監視、共産主義に背く人々の言論を押さえることなので、つまりそれは思想の監視だと思います。あるシュタージュはとある芸術家を監視しだします。国家のため、社会主義のために彼は当然のこととして芸術家の私生活を聞き続けます。しかし、盗聴器から聞こえる人間味にあふれた言葉、交わされる愛、美しいソナタ。
「この曲を本気で聴いたものは、悪人にはなれない」
次第に、シュタージュの内面に変化が現れだすのです。


~思ったこと~
まず、考えたのが、「自由」ということ。
自由とは「考えられる」「思想の自由」なのであって、
人はこれがないことには満足しえないのだろうと思いました。
それはこの作品の中にもいろんなキーワードとしてあらわれていると思います。

芸術、セックス、自殺、盗聴

東ドイツでは自殺者が増えすぎたためにその数を数えなくなり、
自殺者のことを「自己殺人者」と呼んだそうです。
自分で死を迎える能動性を否定されるのです。
それでも、自分の意思でできる【自殺】があるからこそ、思想を規制された多くの東ドイツの人々が自殺していったんですね。

ぞくっとします。

気になるのはセックス。
この映画には結構この場面が出てくるんですが、私はこれも芸術と並んでキーワードなきがしています。

それはパートナーに対する愛の表現であって、数字や定義されたものでない曖昧な人間らしさ。
(人間らしさって言葉って、曖昧でなんだか逃げみたい~まいっか~)
娼婦との無機質なセックス場面もあるのですが、両者はとても対比されていてその違いがくっきりしている。

辺見さんが「単独者」について語っていました。
人は共同体からはなれないことには主観的に考えることができなくなってしまうのだと。
単独者とは「自己」のことだと思います。
自分で考えることがないから大きいものに流される。
断固とした拒否をすることができない。
そうであってはいけないから、単独者でありなさい、と。

きっとこのシュタージは共同体内にいることに何の疑問ももたづに生きてきた。
国家のために生きることが自分の幸せだと信じてきた。
でも、芸術家と出会うことで初めて彼は「単独者」
になろうとした。
にゃ~~~~~~~ん泣けるねぇ・・・
なんだかどこにやられているのか曖昧だけど、私、こういうのにすっごく弱い~・・・



そしてもうひとつ、この「時代性」
パンフレットによると、この時代は今の今まで誰も言及できなかったくらいタブー視されていたものだそうです。
まるで「1984」でえがかれている管理社会。
ビックブラザーズ!!
本当にこんな時代があったのならば、
この時代は後世に伝えなければならないって思います。
管理する、管理されるということは、思想の弾圧、人間らしくあることの否定にまでつながるのだと語っていかなければならないんじゃないかな。


どこまで「リアル」を想像できるのか。
これも辺見さんの話からだけど、
たとえば「ダンサー・イン・ザ・ダーク」。
この映画には死刑執行のリアルさが事細かに描かれている。
人が死ぬとは、頚骨が折れることであり、汚いことであり、泣き叫ぶものであり、体を固定されるものであり、
こういう想像力のなさは世界のゆがみをつくってしまう。
ゆがみはいつの間にか広がって気がついたらもう取り返しがつかないところにきてしまう。
だから想像しなくちゃいけない、同時に歴史も学ばなくちゃならないんだろうな~


『1984』が好きな人には是非『善き人のためのソナタ』をおすすめ
だって舞台が1984年で絶対にかけてあるんだもん!(誰もパンフレットのなかでいってなかったから不安だけど・・・)