2008年6月20日金曜日

するべきであること


mixiの秋葉原通り魔殺人事件コミュニティを読んでいたら、 興味深くて結構時間がたっていました。
事件からもう2週間というのに、たくさんのコメントが並び続けています。
それくらい多くの人にとって、
大きなインパクトのある事件だったんだなって再確認。

トピックの種類も
・加藤容疑者について
・マスコミの報道について
・健全さということについて
・秋葉原という場所について
・遺族のことについて      
・野次馬について
などなど様々。

平野啓一郎さんの『決壊』が
どうやらこの事件とだいぶかぶった内容のようで、
NEWS23で紹介されていました。
(読んでみたい、けどまだ発売でないらしい)
(つまり、ある程度、この事件について予測できたことがたくさんあった ということだと思う)

「あるところまで耐えることができても、モノが壊れてしまうように、 人間だって我慢しきれない一線を越えたら壊れる存在なんだ」
「人の限界を思う優しさがあってほしい」

というようなコメント。

おととい、ある人に、

「事件が社会のせいだ、なんていいたくない。個人の問題であるべきだ」
と言われたけれど、
私は同意しきれなかった。

被害者でも加害者でもない第三者の立場の私は、 この事件がおこるコミュニティ(世界、日本、東京などいろいろ区分できるだろうけど) に生きていると認識しているのなら、
「私がするべきであること」を考えてみる必要があるきがしてる。

かいてみて、今日は かなり当たり障りのない内容でしかないことに、 ちょっと不満足なブログになってしまいました。

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